「ICUでセファクロル?」と身構えるのは正しい反応。多くの重症感染症では力不足。でも、適切なタイミングでの経口ステップダウンという“狭い窓”なら使いどころはあります。この記事は、その線引きを明確にして、迷いを消すための現場目線の実践ガイドです。名古屋の病院で夜勤明け、猫のリリィに起こされつつ書きました。臨床で迷わないためのポイントだけを並べます。
- TL;DR
- ICU初期(敗血症性ショック、VAP、腹腔内感染など)での使用は不適。初期治療は広域βラクタム等へ(Surviving Sepsis 2021)。
- 使うなら“経口ステップダウン”限定。循環安定、経口吸収可、起因菌がセファクロル感受性、深部感染なしが必須。
- H. influenzaeやMSSAなど一部で“可”だが、βラクタマーゼ問題で代替(AMPC/CVA、セフポドキシム等)が優先になりがち。
- 腎機能とC. difficileリスク、薬疹(特に血清病様反応)に注意。プロベネシドは避ける。
- 迷ったら「IV継続」か「他の経口βラクタム」へ。安全第一、再増悪は結局コスト高。
ICUでのセファクロルの立ち位置(適応・禁忌・エビデンス)
セファクロルは第二世代の経口セファロスポリン。日本ではカプセル/ドライシロップが一般的で、静注製剤はありません。活性はA群溶連菌、MSSA(一部)、H. influenzae(一部)などに及びますが、Pseudomonas、ESBL産生菌、AmpC、MRSAには無力。βラクタマーゼに弱く、H. influenzaeやMoraxellaで耐性が目立つのが実情です。
このスペックから、ICUの初期治療(院内肺炎/VAP、重症尿路感染、腹腔内感染、菌血症、髄膜炎)には不向き。IDSAのHAP/VAP指針(2016)や日本呼吸器学会の肺炎ガイドライン(2023改訂)、Surviving Sepsis Campaign(2021)は、初期は静注の広域薬で早期適正化を強く推奨。ここにセファクロルの出番はありません。
では、どこで使うのか。答えは“IVからの経口ステップダウン”。起因菌が同定済みで、感受性確認済み、感染源コントロール良好、循環安定、消化管吸収が見込める。こうした条件下で、肺炎(市中肺炎の軽快期)、尿路感染(非複雑例の終盤)、皮膚軟部組織感染(蜂窩織炎の軽快期)などに限定して検討します。Sanford Guide 2025と日本の添付文書整合で、この立ち位置は堅いです。
“経口に落とす”最大のメリットは早期リハビリとカテーテル関連合併症回避。ただし、ICU患者では胃腸運動低下や血流再配分で吸収が不安定になりがち。昇圧薬使用中、持続鎮静中、嘔吐・下痢が続く場合はまだ早い。ここを見誤るとぶり返します。
感染シナリオ | セファクロルの位置付け | 代替の第一候補(例) |
---|---|---|
VAP/院内肺炎(ICU) | 不可(初期治療・終盤ともに基本不適) | ピペラシリン/タゾバクタム、セフェピム、メロペネム+必要に応じ抗MRSA(バンコマイシン等) |
市中肺炎の軽快期(非重症、起因菌同定済) | 条件付き可(βラクタマーゼ陰性H. influenzaeなど) | アモキシシリン/クラブラン酸、セフポドキシム、レボフロキサシン(適応とリスク勘案) |
非複雑尿路感染の終盤 | 可(但しESBL懸念なら不可) | セフカペン ピボキシル、ST合剤、ニトロフラントイン(腎機能適応時) |
蜂窩織炎の軽快期(MSSA/溶連菌) | 可(臨床反応良好時) | セファレキシン、アモキシシリン |
腹腔内感染、菌血症、髄膜炎 | 不可 | 病態に応じた静注広域薬+ソースコントロール |
この表のとおり、ICUでの“用途”はかなり限定されます。特にβラクタマーゼ産生株が多い状況、気道デバイスや尿カテーテル留置中、深部感染の可能性が残るときは、セファクロルを選ぶ理由はありません。
エビデンスの裏付けはこうです。経口βラクタムへのステップダウンは、適切な症例選択で静注継続に非劣性(敗血症を含む特定コホート)とする報告が蓄積(2022-2024の観察研究)。ただ、薬剤選択はPK/PDで差がつく。セファクロルはT>MIC確保が厳しい場面があるため、AMPC/CVAやセフポドキシム、セフジトレンに分があるケースが多いのが実感です。

使うならここまで具体的:用量、PK/PD、切り替え基準、モニタリング
まずは基本。セファクロルは時間依存的殺菌(βラクタム)。目標は遊離薬物でのT>MIC 40-50%(Sanford Guide 2025)。TID投与(1日3回)が原則で、食事の影響は少なめ。ただし、ICUの経腸栄養中は吸収ばらつきが増える印象です。
日本の添付文書ベースでは、成人の通常用量は1日量を3回に分割。重症例では増量可とされますが、ICUでセファクロルを選ぶ時点で“重症”は対象外。むしろ過量投与より適正対象の見極めが重要です。腎障害では蓄積しやすいため、クレアチニンクリアランス低下時は投与間隔延長や1日総量の調整を検討。正確な設定は施設プロトコールまたは薬剤部の推奨に従ってください。
ECMO/CRRTは?セファクロルをECMO下で使うシーン自体がレア。CRRTは親水性βラクタムをよく抜きますが、そもそも経口βラクタムへの切替適応ではない段階。ここで悩むくらいなら、まだ経口に落とすのは早い、が私の判断基準です。
IV→PO切替のチェックリストを置いておきます。現場で5分で済む確認です。
- 循環:昇圧薬オフまたは減量中で安定。発熱と乳酸が改善傾向。
- 感染源:ドレナージやデブリドマン済み、残存膿瘍なし(画像・臨床)。
- 起因菌:同定済みでセファクロルに感受性。ESBL/AmpC、Pseudomonas、MRSAなし。
- 吸収:経口・経腸投与が可能。嘔吐・麻痺性イレウス・高度下痢なし。
- デバイス:人工呼吸器や持続尿カテーテルなど“感染持続化要因”が外せている、または管理良好。
- モニタリング体制:48-72時間で再評価できる。WBC、CRP/プロカルシトニン、バイタルが追える。
投与開始後は「臨床反応(解熱、呼吸状態、尿所見)」と「炎症マーカーのトレンド」を48-72時間で再評価。悪化なら、躊躇なく経口をやめて静注に戻す。画像フォロー(特に肺炎)はタイムラグがあるので、症状とガス交換を主にみます。
副作用はここがポイント。皮疹、下痢、C. difficile関連下痢、肝酵素上昇。小児で報告の多い血清病様反応(発熱、発疹、関節痛)は成人でもゼロではなく、セファクロルは相対的に“起こしやすい”薬と覚えておくと安全。ペニシリン重度アレルギー(アナフィラキシー既往)は原則避ける。相互作用はプロベネシドで濃度上昇、ワルファリンでINR変動の可能性-抗凝固中はこまめにINRをみます。
妊娠・授乳は、セファロスポリンとして一般に安全域は広いとされますが、ICUという文脈では別の選択肢がより適切なことが多い。主治医間で合意の上、最小限の期間で使うのがコツ。
実例で感覚を掴みましょう。
- ケース1:市中肺炎でICU入室、初期はセフトリアキソン+アジスロマイシン。3日で安定、喀痰からH. influenzae(βラクタマーゼ陰性)。経口移行を検討。セファクロルは“可”だが、当院はAMPC/CVAを優先。理由はβラクタマーゼの地域事情と再燃リスク。
- ケース2:カテーテル関連尿路感染で敗血症。ソースコントロール後、E. coli非ESBLで改善。ステップダウンはST合剤またはセフカペン。セファクロルは迷うくらいなら選ばない-尿pHとPK/PDで当院はST合剤優先。
- ケース3:蜂窩織炎(MSSA疑い)で静注セファゾリンに反応良好。経口はセファレキシン第一候補。セファクロルは在庫事情や嚥下状況で“次善”として検討。

代替薬の選び方と現場の意思決定(比較・チェックリスト・FAQ)
セファクロルを外すなら何を選ぶか。ポイントは3つだけ。起因菌、PK/PD(到達性)、患者要因(腎機能・QT・C. diff歴)。
- 呼吸器:AMPC/CVA、セフポドキシム、セフジトレン。マクロライドやニューキノロンは耐性と副作用プロファイルで慎重に。
- 尿路:ニトロフラントイン(腎機能が許せば)、ST合剤、セフカペン。ESBL懸念は経口βラクタムを避け、時に静注継続。
- 皮膚:セファレキシン、AMPC。嫌気性カバーが必要な咬傷ならAMPC/CVA。
意思決定を早くする簡易フローチャート(文章版)。
- 深部感染?Pseudomonas/ESBL/MRSA懸念?→はい:セファクロル不可。いいえ→2へ。
- 循環・吸収・デバイスは“ステップダウンOK条件”を満たす?→いいえ:IV継続。はい→3へ。
- 起因菌の感受性はセファクロルで十分?MICが高め(臨床的に不安)?→不安ならAMPC/CVA等へ。自信があればセファクロル可。
- 48-72時間で再評価し、悪化なら即IVへロールバック。
比較メモ(要点だけ)。
- セファクロル vs AMPC/CVA:βラクタマーゼ対策と呼吸器病原体広さでAMPC/CVAに軍配。セファクロルは“感受性が明確”なときの軽快期に限定。
- セファクロル vs セフポドキシム/セフジトレン:呼吸器移行とカバーの幅で後者が有利なことが多い。消化器副作用プロファイルは施設差。
- セファクロル vs セファレキシン:皮膚・MSSAならセファレキシンが安定。セファクロルを選ぶ積極的理由は少ない。
最後に、現場で役立つミニFAQです。迷いどころを先回りで潰します。
- Q:VAPが改善してもセファクロルで退院前仕上げはアリ?
A:ナシ。VAPは起因菌の幅と再燃リスクが大きい。経口ならAMPC/CVAやレスピラトリーキノロンを慎重に検討、それでも静注継続が多い(JRS/IDSA方針)。 - Q:ペニシリン重度アレルギー歴あり。セファクロルは?
A:避ける。重度即時型反応では交差反応のリスクを無視できない。別クラスを。 - Q:経鼻胃管で投与できる?
A:ドライシロップ製剤を優先。濃度や粘性で閉塞しやすいので前後で十分なフラッシュ。持続栄養なら一時中断で吸収のばらつき低減。 - Q:投与期間の目安は?
A:肺炎の軽快期や皮膚感染ならトータル5-7日(静注+経口の合算)を目安に短期化。尿路は3-7日。発熱や症状遷延で延長するより、薬剤選択を見直す。 - Q:監視すべき副作用は?
A:発疹、下痢(C. difficile警戒)、肝酵素、INR(ワルファリン)。関節痛+発熱+発疹は血清病様反応を疑って中止。 - Q:培養未確定だけど良くなってきた。セファクロルに替えていい?
A:No。培養不明なら幅を残した経口か、IV継続。狭めるのは“データが揃ってから”。
根拠・参考(主要ガイドライン等):Surviving Sepsis Campaign 2021、IDSA HAP/VAP 2016、JRS 肺炎診療ガイドライン 2023改訂、日本化学療法学会/日本感染症学会 感染症治療ガイド(最新版)、Sanford Guide 2025、日本のセファクロル添付文書。臨床判断は各施設プロトコールと患者背景で最終決定してください。
小さなコツも置いておきます。PO切替の初回は日勤帯に開始、ナース観察と検査取得をセット。退院前日に新薬へ替えるのは避ける。週末前の切替は月曜の再評価が間延びしないように外来・訪問看護と共有。こういう運用の丁寧さが再燃を減らします。
余談だけど、難しい症例ほど“何を使うか”より“誰が48時間後に見直すか”のほうが効きます。担当を曖昧にしないこと。名古屋の朝、カンファ室でそんな話をしながら、私は今日もセファクロルの出番を慎重に見極めています。
注記:本稿は医療従事者向け。患者さん個別の診療は必ず担当医と相談してください。