SSRIによる低ナトリウム血症:混乱や意識障害のリスク

投稿者 宮下恭介
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31
1月
SSRIによる低ナトリウム血症:混乱や意識障害のリスク

SSRI服用時のナトリウムモニタリングスケジュール生成ツール

SSRIはうつ病や不安障害の治療に広く使われる薬ですが、その副作用として「低ナトリウム血症」が深刻な問題になっています。ナトリウム値が135 mmol/L以下になると、体の水分バランスが崩れ、脳に影響が出始めるのです。特に高齢者では、この副作用が「認知症かと思ったら、実は薬のせいだった」というケースを引き起こしています。

なぜSSRIでナトリウムが下がるの?

SSRIは脳内のセロトニンを増やすことで気分を安定させますが、このセロトニンの増加が、体の水分調整を司るホルモン(バソプレシン)を過剰に分泌させてしまうのです。その結果、腎臓が余分な水分を再吸収し、尿が濃縮されて出にくくなります。水分はたまる一方、ナトリウムは薄められてしまう。これが「不適切な抗利尿ホルモン分泌症(SIADH)」と呼ばれる状態です。

2024年の大規模研究では、SSRIを服用する患者の1.9~4.4%で低ナトリウム血症が発生すると報告されています。しかし、65歳以上の高齢者では、そのリスクが13.9~18.6%にも跳ね上がります。これは、高齢者の腎機能が低下していること、体重が軽いこと、他の薬(特に利尿剤)を併用していることなどが重なって起きる現象です。

どんな症状が出るの?

ナトリウムが下がると、最初は軽い症状から始まります。頭痛、吐き気、だるさ、食欲不振。これらは「風邪かな?」と見過ごされがちです。しかし、2~4週間経つと、脳に影響が現れます。混乱、見当識障害(「今、何時?」「ここはどこ?」と聞かれても答えられない)、歩きにくくなる、転びやすくなる。重度になると、けいれん、昏睡、最悪の場合、死に至ることもあります。

実際の症例では、78歳の女性がセトロルミンを飲み始めて10日後にナトリウム値が118 mmol/Lまで下がり、集中治療室に入院したケースがあります。また、82歳の女性はシタロプラムを開始して2週間後、全く別人のように混乱し、ナトリウム値122 mmol/Lで入院しました。家族は「認知症が急に悪化した」と思い、医師にも「老化のせい」と言われたそうです。

どのSSRIが危険?

すべてのSSRIが同じリスクではありません。研究では、リスクの高い順に次のように分かれています:

  • シタロプラム(オッズ比 2.37)
  • セトロルミン(オッズ比 2.15)
  • フルオキセチン(オッズ比 1.98)
  • パロキセチン(オッズ比 1.82)

一方、ミルタザピンという抗うつ薬は、SSRIの約半分のリスク(0.47倍)しかありません。これは、セロトニンの作用が弱く、バソプレシンを刺激しにくいからです。そのため、65歳以上の高齢者では、ミルタザピンが最初に選ばれるべき薬だと、米国老年医学会のガイドラインでも明確に推奨されています。

左はセトロルミンを飲む高齢者の脳が水分で膨らみ、右はミルタザピンを飲む同じ人が穏やかに過ごしている対比シーン。

他の抗うつ薬はどう?

SSRI以外の薬でも、リスクは異なります:

  • SNRI(ベナフラキシン、デュロキセチン):中程度のリスク
  • アミトリプチリン(三環系):やや高いリスク
  • ブプロピオン:SSRIより低いリスク(ただし、けいれんリスクあり)
  • ミルタザピン:最も安全

2024年の研究では、1,000人中、SSRIで18.6人が低ナトリウム血症になるのに対し、ミルタザピンでは6.5人だけ。つまり、SSRIをミルタザピンに変えるだけで、82人に1人分の入院リスクを減らせる計算になります。

医師は気づいている?

残念ながら、多くの医師がこのリスクを軽視しています。2023年の調査では、63.4%の一般医が「SSRIによる低ナトリウム血症は、薬を始めて2~4週間後に起きる」という基本的な事実を知りませんでした。

また、患者のうちわずか28.7%が、薬を処方される前に「ナトリウムが下がる可能性がある」と説明されたと答えています。多くの患者は、混乱やだるさを「年齢のせい」「うつが悪化したせい」と思い込み、薬のせいとは考えません。

医師が臨床アルゴリズムのチャートを指し示し、高齢者のナトリウム検査の重要性を伝える場面。

どうすれば防げる?

防ぐためには、3つの行動が必須です:

  1. 開始前に血液検査:SSRIを始める前に、必ずナトリウム値を測る。特に65歳以上、体重が60kg未満、利尿剤を飲んでいる人には絶対に必要。
  2. 開始後2週間で再検査:ナトリウム値は、薬を始めて2~4週間で最も下がりやすい。この時期に再検査しないと、気づかないまま重症化します。
  3. 高リスクなら月1回のモニタリング:65歳以上で、過去にナトリウムが低かった人、腎臓の機能が悪い人は、最初の3ヶ月は毎月検査すべきです。

ナトリウム値が125~134 mmol/Lなら、水分を1日800~1000mLに制限し、SSRIを中止すれば、3日以内に改善することが多いです。125 mmol/L以下なら、入院して高濃度食塩水の点滴が必要です。でも、急にナトリウムを上げすぎると脳に別のダメージ(脱髄症)が起きるため、医師の管理下での治療が絶対条件です。

今、何をすべき?

あなたやご家族がSSRIを飲んでいるなら、まず確認してください:

  • ナトリウム値の検査は、薬を始めたときに受けたか?
  • 2週間後にもう一度検査したか?
  • 医師から「ナトリウムが下がる可能性がある」と説明されたか?

もし、頭がぼーっとする、よく転ぶ、物忘れが増えた、食欲がない、といった症状が薬を始めてから出始めたなら、それは「うつが悪化」ではなく、薬の副作用の可能性があります。すぐに医師に相談し、血液検査を依頼してください。

高齢者にとって、SSRIは「うつを治す薬」ではなく、「脳を傷つけるリスクのある薬」になることがあります。だからこそ、安全な代替薬(ミルタザピンなど)を積極的に検討すべきです。薬の効果は大事ですが、命を守るための安全対策は、それ以上に重要です。

最近の動き

2024年には、SSRIによる低ナトリウム血症の対応手順を明確にした初めての臨床アルゴリズムが発表されました。アメリカ食品医薬品局(FDA)も、すべてのSSRIのラベルに「ナトリウム低下リスク」を明記するよう求めています。また、日本でも、高齢者へのSSRI処方が徐々に減り、ミルタザピンの処方が増えています。2027年には、65歳以上の抗うつ薬処方の42.6%がミルタザピンになると予測されています。

この変化は、医療現場が「薬の効果」だけではなく、「患者の安全」を重視し始めた証です。

SSRIを飲んでいると、必ずナトリウムが下がるの?

いいえ、必ず下がるわけではありません。全体では約2~4%の人に起こる副作用ですが、65歳以上の高齢者や、利尿剤を飲んでいる人、体重が軽い人ではリスクが10倍以上になります。若い健康な人では、ほとんど問題になりません。しかし、高齢者では、誰でもリスクがあると認識すべきです。

ナトリウムが下がると、どうして頭が混乱するの?

ナトリウムは、神経細胞が信号を送るのに必要な電解質です。ナトリウムが薄まると、脳の細胞が水分を取りすぎて膨らみ、脳圧が上がります。これにより、思考や記憶、意識をコントロールする部分に影響が出ます。結果として、見当識障害(場所や時間、人を認識できなくなる)、混乱、言葉が出てこなくなるといった症状が現れます。これは、脳の「水ぶくれ」のような状態です。

ミルタザピンは、SSRIより効果が弱いの?

効果の強さは、人によって異なりますが、研究ではミルタザピンもSSRIと同等の抗うつ効果があると確認されています。特に、食欲がなく、眠れない高齢者には、ミルタザピンの眠気や食欲増進の効果が逆にメリットになることがあります。副作用が少なく、安全に使える点が最大の強みです。

ナトリウム値を測る検査は、保険適用されるの?

はい、血液検査(ナトリウム、クレアチニン、尿比重など)は、健康保険が適用されます。処方された薬の副作用を調べるための検査は、医師が「適切なモニタリング」と判断すれば、通常の診療として保険適用されます。費用は数百円程度です。

ナトリウムが下がったとき、薬をやめたらすぐよくなるの?

軽度の場合は、薬をやめて水分を制限すれば、3日~4日でナトリウム値は正常に戻ります。しかし、症状が重い(意識がもうろうとしているなど)場合は、点滴でゆっくりとナトリウムを上げる必要があります。急に上げすぎると、脳の神経が壊れる「脱髄症」を引き起こす危険があります。必ず医師の指示に従ってください。