腎臓病による貧血:エリスロポエチンと鉄療法の最新ガイドライン

投稿者 宮下恭介
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12月
腎臓病による貧血:エリスロポエチンと鉄療法の最新ガイドライン

慢性腎臓病(CKD)の患者の多くが、なぜか常に疲れている、息切れがする、顔色が悪いと感じているのは、単なる疲れではなく、腎臓病による貧血が原因かもしれません。腎臓がうまく機能しなくなると、赤血球を作るためのホルモン、エリスロポエチンの生成が減ります。それに加えて、鉄の使い方が悪くなり、炎症が起きやすくなる。この3つの要因が重なると、貧血は深刻化します。単に鉄剤を飲めば治るわけではなく、適切な治療が必要です。

腎臓病の貧血は、なぜ特別なのか

一般的な貧血とは異なり、腎臓病による貧血は「正赤性・正色素性・低増殖性」です。つまり、赤血球の大きさや色は正常なのに、数が足りない。なぜか? 腎臓がエリスロポエチンを十分に作れないからです。エリスロポエチンは、骨髄に「赤血球をもっと作れ!」という指令を出すホルモン。腎臓が弱ると、この指令が届かなくなる。さらに、炎症が起きると、体は鉄を「隠す」ようになります。鉄は十分にあっても、赤血球の材料として使えない状態。これが「機能的鉄欠乏」です。この二重の問題を理解しないと、治療はうまくいきません。

エリスロポエチン療法:どれを選ぶ?どう使う?

1989年、アメリカで世界初の人工エリスロポエチン(エポエチンα)が承認されてから、腎臓病の貧血治療は大きく変わりました。現在は、エポエチンα、エポエチンβ、ダルベポエチンα(週1回投与可能)など、複数の薬が使われています。日本では2019年にロキサドプスタット(口服薬)が承認され、治療の選択肢が広がりました。

  • 透析患者:静脈注射が標準。週1~3回、病院で投与。
  • 非透析患者:皮下注射が基本。自宅で自分で打つことも可能。
治療の目標は、ヘモグロビンを10~11.5 g/dLに保つこと。これ以上上げると、脳卒中や血栓のリスクが跳ね上がります。2009年のTREAT試験では、ヘモグロビンを13 g/dLまで上げた患者群で、脳卒中のリスクが32%も高くなりました。だから、今では「高くすればいい」ではなく、「症状に合わせて、安全な範囲で」が基本です。患者の多くは、ヘモグロビンが10 g/dL以上になると、疲れにくくなり、日常生活が格段に楽になると言います。「孫と公園で走り回れるようになった」という声も、実際に多く聞かれます。

鉄療法:経口?静脈?どちらが本当の正解?

鉄剤を飲んでも、腎臓病の患者にはほとんど効かない。なぜ? 炎症が起きていると、肝臓が「ヘプシジン」という物質を大量に作ります。この物質が、腸から鉄を吸収するのをブロックし、体内の鉄を「閉じ込める」のです。結果、経口鉄剤の吸収率はたったの30~40%。一方、静脈注射なら、100%直接血液中に届きます。

  • 経口鉄:胃もたれ、下痢、吐き気の副作用が40%以上。効果は限定的。
  • 静脈鉄:副作用は少ない。1回の投与でヘモグロビンが1.5 g/dLほど上がることも。
治療の基準は、フェリチンとTSAT(トランスフェリン飽和度)で決まります。

  • フェリチン 100 μg/L未満 → 絶対的鉄欠乏。即座に静脈鉄を投与。
  • フェリチン 100~500 μg/L かつ TSAT 20~30%未満 → 機能的鉄欠乏。エリスロポエチンを始める前に、静脈鉄で補充。
透析患者には、月に400 mgの静脈鉄(スカロース)を定期的に投与するのが欧州の推奨。日本でも、2025年のKDIGOガイドラインでは、フェリチンが500 μg/L以下、TSATが30%以下なら、静脈鉄を積極的に使うよう勧めています。

静脈鉄療法の様子。金色の鉄粒子が静脈を流れ、骨髄が赤血球を生成しているアニメ風描写。

HIF-PHI:新しい口服薬、ロキサドプスタットとは?

2023年12月、アメリカFDAはロキサドプスタット(エヴレンゾ)を承認。日本では2019年から使われており、腎臓病の貧血治療の革命とされています。この薬は、エリスロポエチンを直接投与するのではなく、体の「酸素不足を感知するセンサー」を刺激して、自然にエリスロポエチンを増やす仕組みです。

メリットは3つ:

  • 経口薬なので、注射が不要。
  • 鉄の吸収を促進する作用があるため、鉄療法と組み合わせると効果的。
  • 心臓への負担が少ない可能性がある(研究中)。
ただし、注意点もあります。がんの患者では、腫瘍の成長を促す可能性があるため、FDAは2018~2020年に使用を一時停止。現在は、がんの既往歴がない患者に限定して使用されています。また、価格はエリスロポエチンより高めですが、将来的には市場シェアを伸ばすと予測されています。

治療の流れ:実際にどうやる?

治療は、ステップバイステップで進めます。

  1. 診断:ヘモグロビンが男性で13 g/dL未満、女性で12 g/dL未満なら貧血の疑い。血液検査でフェリチン、TSAT、炎症マーカーを確認。
  2. 鉄の補充:フェリチンが100 μg/L以下、またはTSATが20%未満なら、まず静脈鉄を投与。1~2週間で効果が現れます。
  3. エリスロポエチンの開始:鉄を補充してもヘモグロビンが10 g/dL以下なら、エリスロポエチン療法を開始。最初は週1回、少しずつ増量。
  4. モニタリング:ヘモグロビンは毎月測定。2~4週間で反応を確認し、12週間で1 g/dL以上上がらなければ「エリスロポエチン不応答」の可能性あり。
このプロセスを正確に守らないと、治療がうまくいかない原因になります。特に多いのが、「鉄が足りないのに、エリスロポエチンだけを増やし続ける」ケース。これでは、薬の効果が出ず、費用だけがかかる。

孫と公園で走る患者。ヘモグロビン値の上昇と経口薬が治療の成功を象徴している。

失敗するケースと、成功するコツ

治療が失敗する主な原因は3つ:

  • 鉄欠乏の見落とし:フェリチンが150でも、TSATが15%なら、実は鉄が足りない。
  • ヘモグロビンを高すぎに設定:12 g/dL以上を目指すと、心臓や脳へのリスクが増す。
  • 月に1回の検査をサボる:ヘモグロビンは急に上がったり下がったりする。放置すると、血圧が急上昇する。
成功する患者の共通点は、

  • 「自分のヘモグロビン値を知っている」
  • 「鉄の注射を嫌がらず、定期的に受ける」
  • 「疲れが取れたときの感覚を覚えている」
ある62歳の糖尿病患者は、ヘモグロビンが8.2 g/dLから、ダルベポエチンαと静脈鉄の治療で8週間後に10.5 g/dLまで上昇。それ以来、毎朝の散歩を再開しました。

今後の方向性:個別化治療へ

かつては「すべての患者に同じ目標値」が当たり前でした。しかし、現在のガイドライン(KDIGO 2025)は、はっきりと「1つの数値で全員を管理するのは危険だ」と警告しています。高齢で心臓病のある患者と、若くて元気な患者では、目標のヘモグロビン値も、治療の強さも異なります。

今後は、

  • AIを使って、患者ごとのエリスロポエチンの反応を予測
  • 鉄の使い方を改善する新薬(ミニヘプシジン)の開発
  • 静脈鉄をすべての透析患者に標準的に投与
という方向に進んでいます。薬の種類が増えても、根本は変わらない--「鉄をちゃんと補って、ヘモグロビンを安全な範囲で保つ」。それが、腎臓病の貧血を乗り越える唯一の道です。

腎臓病の貧血は、鉄剤を飲めば治るのですか?

いいえ、経口鉄剤ではほとんど効果がありません。腎臓病では炎症が起きやすく、腸からの鉄吸収が阻害されるため、経口鉄の吸収率は30~40%にすぎません。治療には、静脈注射による鉄療法が必須です。

エリスロポエチンの注射は痛いですか?

皮下注射は、インスリン注射と似た感覚です。針は細く、痛みはほとんどありません。静脈注射は病院で行うので、痛みは医療スタッフが管理します。注射部位の腫れや赤みはまれですが、気になる場合はすぐに医師に相談してください。

ヘモグロビンを12 g/dL以上に上げた方がいいのでは?

2009年のTREAT試験などで、ヘモグロビンを13 g/dL以上にすると、脳卒中や心臓発作のリスクが30%以上上昇することが証明されています。現在のガイドラインでは、10~11.5 g/dLが安全な目標とされています。元気になっても、無理に高くしないことが重要です。

静脈鉄の副作用は?

多くの方は無症状ですが、45%の人に金属のような味、28%の人に風邪のような倦怠感が現れます。まれに(0.03~0.2%)アレルギー反応が起きるため、初回投与時は病院で様子を見ます。フェリチンが800 μg/Lを超えると、鉄の過剰が心配なので、検査で確認します。

ロキサドプスタットは、誰でも使える薬ですか?

いいえ。がんの既往歴がある方、妊娠中の方、重度の肝疾患のある方は使用できません。また、現在は保険適用が限定的で、エリスロポエチンが効かない方や、注射が苦手な方に主に使われます。医師と相談して、適応を確認してください。

治療を続けるためのヒント

腎臓病の貧血は、一生付き合っていく慢性の問題です。薬をやめれば、また貧血に戻ります。だからこそ、

  • 毎月の血液検査を欠かさない
  • 鉄の注射を「面倒」と思わず、治療の一部と捉える
  • 「元気になった」感覚を日記に残す
これらが、長く健康に過ごすための鍵です。最新の治療法は進んでいますが、結局のところ、患者自身が「自分の体の変化」に気づき、医療チームとしっかり連携することが、最も大切なのです。