前立腺がん:PSA検査、生検、治療法のすべて

投稿者 安藤香織
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11月
前立腺がん:PSA検査、生検、治療法のすべて

PSA検査は、前立腺がんの早期発見に使われる代表的な検査ですが、それが必ずしもがんを意味するわけではありません。多くの男性がこの検査で不安を抱き、必要のない生検を受ける原因になっています。2025年現在、PSA値の基準は昔と変わり、4.0 ng/mL以上でがんを疑うという古い考えは、すでに時代遅れになっています。最新のガイドラインでは、3.0 ng/mL以上でも注意が必要とされ、検査結果の解釈は、年齢、人種、家族歴、そしてPSAの変化の仕方を総合的に見なければなりません。

PSA検査の本当の意味と限界

PSA(前立腺特異抗原)は、前立腺から作られるたんぱく質です。がんがあると値が上がることがありますが、前立腺の肥大や炎症、性交後、自転車の長時間乗車でも値は上がります。つまり、PSAが高い=がん、ではないのです。

1994年にPSA検査がスクリーニングに使われ始めたとき、多くの医療機関は「4.0 ng/mL以上なら生検」というルールを採用しました。しかし、この基準では、80%以上の人が「偽陽性」--つまり、がんではないのにがんと誤診される--という問題が浮上しました。アメリカの予防医療専門委員会(USPSTF)のデータによると、PSA検査を受ける男性の6〜7%が毎回偽陽性となり、そのうちたった25%の人が実際にがんと診断されます。

2023年の欧州泌尿器科学会(EAU)のガイドラインでは、PSA検査の診断精度(AUC値)は0.67とされ、「中程度の精度」にとどまると評価されています。これは、コインを投げて表裏を当てるくらいの正確さだということです。敏感すぎる反面、特定性が低すぎるのです。

3.0 ng/mLの基準が生まれた理由

近年、多くのガイドラインがPSAの閾値を4.0から3.0 ng/mLに下げました。アメリカ国立がん研究所(NCCN)も2023年にこの変更を正式に採用しました。なぜでしょうか?

研究によると、PSAが3.0 ng/mL未満でも、がんが見つかるケースは決して珍しくありません。特に、40代後半から50代の男性では、PSAが2.5 ng/mLでも将来的に進行がんになるリスクが高まることが分かっています。つまり、基準を下げることで、がんを早期に見逃すリスクを減らすことができるのです。

しかし、この変更には大きな代償があります。3.0 ng/mLという基準では、がんでない男性のうち、66%以上が「がんの疑い」として生検を勧められるようになります。特に、黒人男性では、PSAが3〜4 ng/mLの範囲で、白人男性の2.3倍の頻度で生検を受けていますが、がんの発見率は18%も低いというデータがあります。これは、検査が人種差を助長する可能性があることを示しています。

PSAだけでは不安?新しい検査方法

PSAだけに頼るのは、もうリスクが高すぎます。現在、複数の新しい血液検査が実用化されています。

  • PHI(Prostate Health Index):PSAの3つの形態を組み合わせて計算。PSAが2〜10 ng/mLの「グレーゾーン」で、がんの有無をより正確に判断できます。
  • 4Kscore:4種類の前立腺関連タンパク質を分析。進行がんのリスクを数値化し、生検が必要かどうかを判断します。
  • IsoPSA:PSAの分子構造の違いを測定。2022年の臨床試験では、感度92%、特異度95%という驚異的な精度を示しました。

これらの検査は、PSA検査の2〜3倍の価格(300〜450ドル)がかかるため、保険適用が限られています。しかし、日本でも一部の総合病院やがんセンターで導入が始まっており、特にPSAが3〜10 ng/mLの男性には、まずはこれらの検査を勧める医師が増えています。

左は生検の痛み、右はMRIとPSMA-PETでがんを可視化する対比シーン。

MRIとPSMA-PETが生検の代わりになる?

生検は痛みを伴い、感染や出血のリスクがあります。そこで注目されているのが、画像診断です。

多パラメータMRIは、前立腺の異常な組織を高解像度で映し出します。2023年の研究では、MRIで異常が見られなければ、がんの陰性予測値は72%でした。しかし、PSMA-PET/CTと組み合わせると、その値は91%まで上がります。これは、MRIだけでは見逃すがんを、PSMA-PETが拾うということです。

PSMA-PETは、がん細胞が発現するPSMAというタンパク質に結合する薬剤を注射し、がんの位置を正確に特定します。2025年現在、日本では名古屋大学病院や東京大学医学部附属病院など、限られた大病院でのみ実施可能です。費用は30万円以上かかり、保険適用には事前承認が必要です。

2024年春に結果が出る予定の「PICTURE試験」では、PSAが高めの男性にまずMRIを撮影し、異常があれば生検--という「MRIファースト」のアプローチが、従来のPSA中心のスクリーニングと比べて、生検を50%減らせるかどうかを検証しています。もし成功すれば、前立腺がんのスクリーニングは大きく変わることになります。

生検は本当に必要か?

PSAが高めでも、すべての人が生検を受ける必要はありません。多くの前立腺がんは、非常にゆっくりと進行し、一生症状を出さない「過剰診断」の対象です。

ヨーロッパの研究では、PSAスクリーニングを10年間受けた男性のうち、45%が偽陽性を経験しました。そのうち、15%は「がん」が見つかりましたが、その半数以上は、放っておいても命にかかわらないタイプでした。

生検を受ける前に、次の3つの質問に答えられるようにしましょう:

  1. 自分のPSA値は、年齢や人種、家族歴に照らしてどうなのか?
  2. PSAが上昇しているのは、一時的なものか、継続的な傾向か?
  3. もしがんが見つかったら、積極的な治療(手術や放射線)をするつもりか?それとも「経過観察」を選ぶか?

生検は「がんの有無を確認する」ための手段ですが、治療の意思決定がなければ、意味がありません。がんが見つかったとしても、高齢者や他の病気がある人にとっては、治療のリスクががんそのものより大きくなることもあります。

PSA値に応じた選択肢を葉に見立てた木の下で男性たちが治療法を決める情景。

治療法の選択:手術、放射線、観察の違い

がんが見つかった場合、治療法は大きく3つに分かれます。

  • 根治的前立腺摘出術:がんの部位を含めて前立腺をすべて取り除く手術。若い男性やがんが局所的にとどまっている人に向いています。性機能や尿コントロールの障害が起こる可能性があります。
  • 放射線治療:体外からがん細胞に高エネルギーの線を照射。外来通院で治療が可能。性機能への影響は手術より少ないとされますが、長期的に尿路症状が出ることがあります。
  • 積極的監視:がんが低リスクで、進行が遅いと判断された場合、治療をせず、PSAやMRIを定期的にチェック。日本では、65歳以上の男性で、この選択肢を選ぶ割合が年々増えています。

治療の選択は、がんのグレード(ISUPグレードグループ)、ステージ、年齢、健康状態、そして本人の価値観によって決まります。たとえば、ISUPグレードグループ1の低リスクがんでは、治療のメリットよりも、副作用のリスクの方が大きいと判断されるケースがほとんどです。

スクリーニングの正しい進め方

前立腺がんのスクリーニングは、一斉に「全員受ける」ものではありません。2025年の標準は、こうです:

  1. 40〜45歳:最初のPSA検査を受ける。この値が将来のリスクの「基準」になります。
  2. PSAが2.5 ng/mL未満:5年ごとに検査。リスクが非常に低い。
  3. PSAが2.5〜3.0 ng/mL:3年ごとに検査。PHIや4Kscoreを検討。
  4. PSAが3.0 ng/mL以上:医師と相談し、MRIまたは先進的血液検査を受ける。生検は最後の手段。

日本では、PSA検査を受ける男性の割合は、アメリカの42%に比べて18%と低いです。これは、過剰診断への警戒が強いからです。しかし、最近では、医師が「スクリーニングのメリットとリスクを15〜20分かけて説明する」ことが、ガイドラインで義務づけられています。

心の負担と向き合う

偽陽性の結果で、38%の男性が6ヶ月以上、強い不安を感じたという調査があります。がんと診断された人でも、62%が「PSAの結果に騙された」と感じたと回答しています。

検査結果は、数字だけではありません。それは、あなたの未来への不安、家族への影響、生活の変化を意味します。だからこそ、結果を聞いたとき、すぐに治療を決めるのではなく、時間を取って、もう一度医師と話し合うことが大切です。

前立腺がんは、早期に見つければ治るがんです。でも、見つけすぎると、命を削る治療を受けることになります。正しい情報と、自分に合った選択--それが、2025年の前立腺がんスクリーニングの真のカギです。

PSA値が4.0以上なら必ずがんですか?

いいえ。PSA値が4.0 ng/mL以上でも、実際にがんと診断されるのは約25%です。前立腺の肥大や炎症、性交後、自転車の長時間乗車などでもPSAは上がります。がんの疑いがあるとしても、必ずしも生検が必要とは限りません。

PSA検査は何歳から受けるべきですか?

40〜45歳が推奨されます。特に、父親や兄弟に前立腺がんの既往がある場合は、40歳から始めることを検討してください。最初のPSA値が低いほど、将来のリスクも低い傾向があります。

PSAが3.0以上でも、生検を避けられる方法はありますか?

はい。PSAが3.0〜10 ng/mLの場合は、PHIや4Kscoreなどの血液検査、または多パラメータMRIを先行して行うことで、生検の必要性を減らすことができます。特にMRIで異常が見られなければ、生検をしなくても安全な場合が多いです。

前立腺がんの治療で、性機能や尿のコントロールは戻りますか?

手術や放射線治療後、性機能や尿のコントロールの回復には時間がかかります。手術では、6〜12ヶ月かけて徐々に回復するケースが多く、一部の人は完全に回復しないこともあります。放射線治療では、性機能の低下はゆっくり進み、尿の問題は数ヶ月後に現れることもあります。リハビリや薬物療法で改善できる場合もあります。

黒人男性は前立腺がんのリスクが高いと聞きますが、なぜですか?

黒人男性は、前立腺がんの発症率が白人男性より1.7倍高く、死亡率も2倍以上です。遺伝的要因や生活習慣の違いが関係していますが、PSA検査の解釈でも差が出ています。PSAが3〜4 ng/mLの黒人男性は、白人男性より2.3倍も生検を受けていますが、がんの発見率は18%低いというデータがあります。これは、検査の基準が人種を考慮していないことが原因の一つです。

PSA検査は保険適用されますか?

PSA検査自体は、健康保険が適用されます(通常は1,000〜2,000円)。しかし、PHIや4Kscore、PSMA-PET/CTなどの先進的検査は、保険適用が限定的で、自己負担が高くなります。医師が「医学的に必要」と認めた場合に限り、一部の保険で補助されることがあります。

前立腺がんの「積極的監視」とは?

低リスクの前立腺がんの場合、即座に手術や放射線治療せず、PSAやMRI、定期的な生検で経過を観察する方法です。日本では、65歳以上の男性や他の病気がある人で、治療のリスクより監視のほうが安全と判断される場合に選ばれます。多くの研究で、積極的監視でも生存率は手術と変わらないことが示されています。