腹水の管理:ナトリウム制限と利尿薬の正しい使い方

投稿者 安藤香織
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29
12月
腹水の管理:ナトリウム制限と利尿薬の正しい使い方

腹水とは何か?肝硬変の重大な合併症

腹水は、お腹のなかに異常に液体がたまる状態です。肝硬変の患者の半数以上が、診断後10年以内にこの症状を経験します。これは単なる「お腹が張る」ではなく、肝臓の機能が大幅に低下したサインです。アメリカ肝臓学会(AASLD)の2023年ガイドラインでは、腹水が現れた患者の2年生存率は50%以下と報告されています。これは、肝臓がたんぱく質をつくれなくなり、血圧が上昇し、腎臓がナトリウムと水分を過剰に保持してしまう複雑な体の反応が原因です。

ナトリウム制限の本当の目的

腹水の治療で最も基本的なのは、食事からのナトリウム(塩分)を減らすことだと長年教えられてきました。でも、その量は意外と曖昧です。AASLDは1日2グラム未満(塩で約5グラム)を推奨しています。一方、ヨーロッパのガイドラインでは、塩分を4.6~6.9グラムまで許可しています。つまり、大さじ1杯の塩が目安になるというわけです。

しかし、ここに大きな矛盾があります。2017年から2022年にかけて行われた複数のランダム化比較試験では、厳しくナトリウムを制限した患者よりも、やや多く塩をとった患者のほうが、腹水がよく減ったという結果が出ています。ある研究では、厳密制限群では16%の患者で腹水が改善したのに対し、中程度制限群では45%が改善したのです。

なぜでしょうか? 理由は、ナトリウムをあまりにも減らすと、腎臓への血流が悪くなり、肝臓と腎臓の両方がさらに悪化する可能性があるからです。特に、肝臓が弱っている患者では、ナトリウムが少なすぎると「肝腎症候群」という命に関わる腎不全が起こりやすくなります。研究では、ナトリウムを極端に制限した患者の肝腎症候群発症率が18%から35%に上昇したと報告されています。

利尿薬の使い方:スパイロノラクトンとフロセミド

ナトリウム制限だけでは腹水はなかなか減りません。だから、利尿薬が必須です。最初に使うのはスパイロノラクトンです。通常、1日100~200ミリグラムから始め、3日ごとに増量していきます。最大で1日400ミリグラムまで使います。これは、腎臓でナトリウムを排出する働きを助ける薬で、カリウムを失いにくいのが特徴です。

しかし、腹水が再発する患者や、スパイロノラクトンだけでは効果が不十分な場合は、フロセミドを加えます。フロセミドは1日40ミリグラムから始め、最大160ミリグラムまで増量できます。この2つの薬を組み合わせると、ナトリウムの排出がさらに効率的になります。

ただし、体重の減り方には注意が必要です。足のむくみがない人では、1日0.5キロまで、足にむくみがある人では1日1キロまでに抑えます。それ以上減らすと、血圧が下がりすぎたり、腎臓に負担がかかったりします。

看護師が患者の体重と血液検査結果を確認している。

ナトリウム制限は本当に必要?専門家の対立

この分野では、専門家の間で激しい議論が続いています。AASLDのガイドラインの筆頭著者であるガルシア=ツァオ博士は、「ナトリウムを2グラム以下に抑えることは重要だ」と主張しています。一方で、2022年に重要な研究を発表したギネス博士は、「厳格なナトリウム制限は逆効果だ」と断言しています。

なぜこんなに意見が分かれるのでしょうか? それは、研究の質と患者の実態にあります。多くのガイドラインは、過去の観察研究に基づいています。しかし、最近のランダム化試験では、実際の患者が「塩を控える」ことをどれだけ続けられるかが問題になっています。ある調査では、1日2グラムのナトリウム制限を守れる患者は40%以下しかいません。なぜなら、私たちがとる塩分の75%は、加工食品や外食から来ているからです。自宅で調理しても、醤油や味噌、パン、スープ、お菓子に隠れたナトリウムを完全に避けるのはほぼ不可能です。

さらに、肝硬変の患者の35~90%は、たんぱく質やエネルギーが不足している「栄養不良」の状態です。ナトリウムを厳しく制限すると、食事が味気なくなり、食欲が落ち、栄養状態がさらに悪化するリスクがあります。

血清ナトリウムのモニタリングが生死を分ける

利尿薬を使い始めると、必ずチェックしなければならない値があります。それが「血清ナトリウム」です。腹水の患者の30~40%は、すでにナトリウム値が低くなっています(130mEq/L未満)。これは「低ナトリウム血症」と呼ばれます。

この状態を放っておくと、意識障害やけいれん、最悪の場合、死亡に至ります。低ナトリウム血症には2つのタイプがあります。一つは「高容量性」で、体に水分が多すぎてナトリウムが薄まっている状態。これは、水分制限と利尿薬の調整で対応します。もう一つは「低容量性」で、利尿薬のせいで水分とナトリウムが過剰に排出され、血圧が下がっている状態。この場合は、利尿薬を減らし、生理食塩水を静脈で補充する必要があります。

そのため、利尿薬を始めた最初の2週間は、少なくとも週に2回、血液検査でナトリウム値を確認することが推奨されています。

使ってはいけない薬と注意点

腹水の患者は、いくつかの薬を避ける必要があります。まず、NSAIDs(イブプロフェンやロキソプロフェンなど)です。これらは腎臓の血流を悪くし、肝腎症候群のリスクを高めます。

次に、ACE阻害薬ARB(高血圧や心不全に使う薬)も危険です。ある研究では、肝硬変の患者がこれらの薬を飲むと、末期腎不全になるリスクが2.3倍にもなると報告されています。そのため、肝硬変の患者には、これらの薬は原則として使用しないか、極めて慎重に処方されます。

腹水を抜く処置を受けている患者と医師の様子。

治療が効かないとき:難治性腹水とは

ナトリウム制限と最大量の利尿薬を使っても、腹水が減らない患者がいます。これを「難治性腹水」と呼びます。肝硬変の患者の5~10%がこの状態になります。難治性腹水の患者の6か月生存率は50%以下です。

この場合、最初の選択肢は「大容量穿刺」です。お腹に針を刺して、何リットルもの液体を抜き取る処置です。ただし、この処置をすると、血液中のたんぱく質(アルブミン)が一緒に失われるので、抜いた液体1リットルにつき、8グラムのヒトアルブミンを静脈注射で補充しなければなりません。これは、病院で行う必要がありますし、感染や出血、血圧の急激な低下などの合併症が5~10%の確率で起こります。

また、新しい薬として「バプタン」という薬があります。これは、体が水分を保持する仕組みをブロックする薬ですが、1回の治療で5,000~7,000ドルかかり、30日間しか使えません。コストと効果のバランスが悪いため、実際の臨床ではあまり使われません。

未来の治療:個人 맞춤型のアプローチへ

今、肝臓病の治療は、すべての患者に同じルールを適用する時代から、一人ひとりに合わせた「パーソナライズドメディシン」の時代へ移っています。2023年には、ナトリウム制限の有効性を再評価する大規模なレビューが開始され、2025年末には、無制限食と制限食を比較するPROMETHEUS試験の結果が出る予定です。

その間、医師たちはどうすればいいのでしょうか? 2022年のAASLD会議で、65%の専門家が「患者の状態に応じて、ナトリウム制限の強さを調整している」と答えています。つまり、塩分を「絶対に2グラム以下」にしなければならないのではなく、「食べられる範囲でできるだけ減らす」、そして「利尿薬で補う」ことが現実的な戦略です。

腹水の管理は、薬だけではなく、食事の選び方、体重の変化の見方、血液検査の結果の解釈、そして患者の生活の質をどう保つか、すべてがつながっています。完璧なルールは存在しません。でも、正しい情報をもとに、自分に合った方法を見つけることは可能です。

腹水の管理で今すぐできること

  • 加工食品、インスタント食品、外食を減らす。塩分の主な源はここにあります。
  • 食事の味付けは、醤油や味噌を控えめに。代わりに、レモン汁やハーブ、にんにくで風味をつける。
  • 利尿薬を飲み始めたら、毎日同じ時間に体重を測る。1日0.5~1kg以上減ったら医師に連絡。
  • 血清ナトリウムが130mEq/L以下なら、水分を過剰に制限しない。むしろ、利尿薬の調整が必要なサイン。
  • イブプロフェンやロキソプロフェンなどの市販の痛み止めは、絶対に飲まない。

腹水の原因はなんですか?

腹水の主な原因は肝硬変です。肝臓が硬くなり、門脈という血管の圧力が上がると、体はナトリウムと水分を過剰に保持しようとします。これにより、お腹の中に液体がたまります。その他の原因には心不全や腎臓病、がんがありますが、肝硬変が80%以上を占めます。

ナトリウム制限は本当に必要ですか?

従来のガイドラインでは、1日2グラム以下を推奨していますが、最近の研究では、厳しすぎる制限が逆効果になる可能性があります。現在の傾向は、1日5~6.5グラムの塩分(ナトリウムで2~2.5グラム)程度を目標に、患者の生活の質や栄養状態を考慮した「中程度の制限」です。利尿薬を正しく使えば、あまり厳しく制限しなくても効果が出ることがあります。

利尿薬を飲むと、どれくらいで効果が出ますか?

スパイロノラクトンは、効き始めるまでに3~5日かかります。フロセミドは1~2日で効果が出ることがあります。ただし、体重の変化はゆっくりと見るのがポイントです。1日0.5~1kgの減量が目標です。急激に減ると、血圧が下がりすぎたり、腎臓に負担がかかります。

腹水が悪化したらどうすればいいですか?

体重が急に増えた、お腹が急に張った、足のむくみがひどくなった、尿の量が減った、意識がもうろうとした場合は、すぐに医師に連絡してください。これは、腹水が増加しているだけでなく、感染(自然発生性腹膜炎)や肝腎症候群の可能性があります。これらの合併症は命に関わるため、早期対応が重要です。

腹水の治療で一番重要なことは何ですか?

一番重要なのは、医師の指示に従って薬を飲み続けることです。ナトリウム制限や食事の工夫も大切ですが、利尿薬が正しく使われていないと、どれだけ塩分を減らしても効果は限定的です。また、定期的な血液検査と体重の記録を続けることで、治療の効果や副作用を早期に見つけられます。