2026年1月現在、アメリカの食品安全を守るための重要な仕組みが本格的に動き始めています。それはロット番号追跡システム--FDA(米国食品医薬品局)が、食中毒の原因となる食品を数週間ではなく、数時間で特定できるようにするための仕組みです。このシステムは、単なる「製品のロット番号」ではありません。食品の生産から小売まで、一貫して追跡できる「トレーサビリティ・ロットコード(TLC)」と呼ばれる、厳格に定義された識別子です。
なぜロット番号追跡が必要になったのか
過去、食中毒が発生すると、FDAは工場、卸売業者、小売店の間を何度も行き来して、どの製品が問題なのかを手作業で探していました。レシート、納品書、在庫帳--これらはすべて異なる形式で、情報がバラバラ。原因の特定に数週間かかることも珍しくありませんでした。その間に、何百人、時には何千人が感染し、命を落とす可能性がありました。
2019年から2021年にかけて行われたパイロット調査では、この追跡時間を大幅に短縮できれば、食中毒の発生を20~30%減らせるという結果が出ています。FDAは、この数字を裏付けるために、2022年11月15日に「食品トレーサビリティ規則」を最終決定。その中心が、TLC(Traceability Lot Code)です。
TLCとは何か:単なるロット番号ではない
TLCは、文字列や数字で構成される「一意の識別子」です。企業が自分の記録の中で、特定の食品のロットを正確に特定するために使うものです。重要なのは、このコードが「企業内」だけではなく、供給チェーン全体で共有される点です。
従来のロット番号は、品質管理や在庫管理のために、各企業が独自に作成していました。しかしTLCは、特定の場所でしか作成できません。その場所は3つだけ:
- 農産物(魚介類を除く)の最初のパッキング時
- 魚介類が陸上に初めて届けられたとき
- 食品の物理的状態や包装が変更されたとき(加工時)
たとえば、レタスが農場で収穫され、箱詰めされたとき、その箱にTLCが割り当てられます。その後、卸売業者がそれを他の商品と混ぜて再パッキングした場合、新しいTLCが作られ、前のTLCとの関連付けが記録されます。この「つながり」が、追跡の鍵です。
TLCと7つのキーデータ要素
TLCだけでは意味がありません。FDAは、このコードと必ずリンクさせる7つの「キーデータ要素(KDE)」を定めています。これらは:
- TLCの割り当て場所(物理的所在地)
- 製品の説明(例:生レタス、カット済み)
- 数量
- 単位(箱、ケース、kgなど)
- 取引情報(誰から誰へ、いつ)
- 製品のバッチ情報
- 出荷先の情報
これらの情報は、FDAが調査を開始した瞬間から、24時間以内に電子形式で提出しなければなりません。紙の記録でもOKですが、検索可能でCSV形式でエクスポートできる必要があります。これにより、FDAは「このTLCの製品が、この店舗に届き、この顧客が食べた」という線を、瞬時に引けるようになります。
対象となる食品:なぜこれだけなのか
すべての食品にTLCを導入すれば、もっと安全になるのでは? しかし、FDAは現実的なアプローチを取りました。対象となるのは「食品トレーサビリティリスト(FTL)」に掲載された高リスク食品だけです。これは、食中毒の原因として最も頻繁に挙げられるものたち:
- 葉物野菜(レタス、スピナッチなど)
- トマト、玉ねぎ
- カットフルーツ・野菜
- チーズ、生卵
- ナッツバター
- 特定の魚介類
これらは、アメリカの食品供給量の約15%にすぎませんが、食中毒の約70%を占めています。この選択により、企業の負担を抑えつつ、最も危険な部分に集中して対策できます。
業界の反応:「二重管理」の懸念と実際の対応
規則が発表されると、多くの企業が「二重管理」の問題を指摘しました。つまり、すでに使っている内部ロット番号と、FDAのTLCを別々に管理しなければならないという懸念です。
しかしFDAは明確に答えています。「すでに使っているロット番号が、TLCの要件を満たすなら、それを使えばいい」。つまり、あなたの会社の「L-20260115-A」という番号が、一意で、供給チェーン全体で共有されていれば、それがTLCになります。多くの企業は、既存のERPシステムを少し改造して、TLCの要件を満たすように調整しました。
2023年の調査では、食品卸売業者157社の78%がTLC対応を完了。平均コストは1社あたり約4万2500ドル。一方で、65%の企業が「旧来のシステムとの統合」に苦戦、71%が「サプライチェーン全体での一貫した使用」に課題を感じています。
2026年から2028年へ:延期の理由
当初、この規則の遵守期限は2026年1月20日でした。しかし、2023年9月、FDAは30ヶ月の延期を発表。新しい期限は2028年7月20日です。
理由は明確です。小規模な農家や企業の多くが、まだ規則を理解していませんでした。政府会計監査院(GAO)の2023年7月の報告では、中小食品事業者の42%がTLCの存在すら知らなかったとされています。FDAは「トレーサビリティ支援プログラム」を立ち上げ、12のトレーニングモジュールを無償提供。業界団体とも連携し、実践的なサポートを進めています。
将来:ブロックチェーンと国際標準
ウォールマートは2019年から、レタスのトレーサビリティにブロックチェーン技術を導入しています。これはFDAのTLCよりさらに進んだシステムですが、多くの企業は、TLCを満たすことが優先課題です。
一方で、ヨーロッパ連合(EU)は2023年1月、「デジタル製品パスポート」を導入。こちらは、個々の製品にIDを割り当てる方式で、TLCとは異なります。FDAは、国際的な標準の統一を目指して、2023年3月にブリュッセルで最初の共同ワークショップを開催しました。
今後、メロンやレディーミード食品もFTLに追加される可能性があります。FDAのロバート・カルフィー局長は、2023年5月の上院証言で「これらの食品は、現在積極的に検討中だ」と述べています。
このシステムがもたらす本当の価値
TLCは、単なる「追跡ツール」ではありません。それは、食の安全を守るための社会的合意です。
農家が、自分の作物にTLCをつける。加工業者が、そのコードを次のステップに渡す。小売店が、その情報を使って、不適切な製品を即座に棚から下ろす。消費者は、安心して買い物ができる。
FDAの経済分析によると、このシステムの年間実装コストは650万ドル。しかし、食中毒の早期対応によって得られる年間利益は6000万ドル。つまり、10倍のリターンです。
このシステムが成功すれば、未来の子どもたちが、食中毒で病院に運ばれるリスクは、確実に減ります。それは、テクノロジーの話ではなく、人を守るための、シンプルで確実な選択です。
TLCは、従来のロット番号と何が違うのですか?
従来のロット番号は、各企業が内部で自由に作成し、在庫管理や品質チェックのために使います。TLCは、FDAが定めたルールに従って、特定の場所(パッキング時、加工時など)でしか作成できません。さらに、TLCは供給チェーン全体で共有され、FDAが調査する際に24時間以内に提出できるように、正確な情報とリンクしなければなりません。つまり、TLCは「企業の内部管理」ではなく、「公共の安全のための共通言語」です。
小規模な農家や企業もTLCを導入しなければならないのですか?
はい、対象となる食品(FTLリストに載っているもの)を扱うすべての企業が対象です。ただし、小規模事業者には、FDAの「トレーサビリティ支援プログラム」が用意されています。無料のトレーニング、テクニカルアシスタンス、簡易な記録方法のガイドが提供され、大企業と同じレベルのシステムを導入する必要はありません。手書きの記録でも、要件を満たせばOKです。
TLCがなくても、食品は売れますか?
2028年7月20日以降、FTLに掲載された食品について、TLCが記録されていない場合は、販売や流通が制限されます。FDAは直接的な取り締まりより、流通業者や小売店との連携で対応します。たとえば、ウォールマートやクローガーのような大手小売業者は、TLCがない製品の入荷を拒否する可能性が高いです。つまり、市場から排除されるリスクが現実的です。
TLCのコードは、どのように作ればいいですか?
FDAは、コードの形式を厳密に指定していません。アルファベットと数字の組み合わせなら、何でもOKです。例:「L-20260115-001」(レタス、2026年1月15日、1番目)や「TLC-XYZ-789」など。重要なのは、そのコードが「一意であること」(同じコードが他のロットと重複しない)と、「供給チェーン全体で一貫して使えること」です。企業は、自社のトレーサビリティ計画に、コードの作成方法を明確に記録する必要があります。
TLCは、ブロックチェーンとどう関係していますか?
TLCは、ブロックチェーンの技術とは無関係です。TLCは「識別子」であり、記録の形式は紙でも電子でも構いません。一方、ブロックチェーンは、その識別子を安全に、改ざん不可能な形で記録するための技術です。ウォールマートのように、ブロックチェーンを使ってTLCを管理する企業もありますが、FDAはそれを義務化していません。TLCの核心は、「一意のコード」と「7つのキーデータ要素」の正確な記録にあります。技術は、それを実現するための手段の一つにすぎません。