高齢者のポリファーマシー対策:多剤併用によるリスクと薬を整理する方法

投稿者 安藤香織
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4月
高齢者のポリファーマシー対策:多剤併用によるリスクと薬を整理する方法

「なんとなく種類が増えて、どの薬が何のためにあるのか分からなくなった」。そんな悩みを持つ高齢者やそのご家族は少なくありません。実は、5種類以上の薬を同時に服用する状態をポリファーマシー is 多剤併用(Polypharmacy)と呼び、単に「薬が多い」という問題以上のリスクを孕んでいます。加齢に伴い、肝臓での代謝能力が30〜50%低下し、腎臓からの排泄機能も年1%ずつ減少するため、若い頃と同じ量でも薬が体に残りやすく、副作用が出やすい体質に変わるからです。

薬を飲みすぎて起こるトラブルは、単なる体調不良に留まりません。高齢者の救急外来への受診理由の約35%が、薬の副作用による転倒や怪我に関連しているというデータもあります。また、複数の医師から薬を処方されることで、似た作用の薬が重複したり、飲み合わせの悪い薬剤相互作用が起きたりして、かえって体調を崩すという「処方カスケード」の悪循環に陥ることがあります。

なぜ薬の種類が増えてしまうのか?

多くの場合、個々の医師は特定の疾患(高血圧や糖尿病など)を治療するために最適な薬を処方します。しかし、複数の診療科を受診していると、全体を俯瞰して管理する人がいなくなり、結果として薬の数だけが増えていきます。特に、病院から自宅や介護施設へ移動する「ケアの移行期」に、古い薬を捨てずに飲み続けたり、重複して処方されたりすることが多く、これが薬剤管理の失敗を招く大きな原因になります。

さらに、処方薬だけでなく、市販のサプリメントやOTC医薬品を併用しているケースも盲点です。例えば、市販の風邪薬に含まれる成分が、処方されている血圧薬の効果を弱めたり、強い眠気を誘発して転倒リスクを高めたりすることがあります。患者さん自身が「この薬は〇〇のために飲んでいる」と正しく理解できている割合は、ある調査では約55%に留まっており、目的が不明確なまま「なんとなく」飲み続けている現状があります。

注意したい「ハイリスク薬」と身体への影響

すべての薬が危険なわけではありませんが、高齢者にとって特にリスクが高いとされる薬剤があります。米国老年医学会の「Beers Criteria(ビアーズ基準)」などの指標では、特定の薬剤が転倒や認知機能低下を招く可能性が指摘されています。

  • ベンゾジアゼピン系薬剤:不安や不眠に用いられますが、ふらつきや転倒リスクを50%増加させ、認知機能に影響を与える可能性があります。
  • 非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs):痛み止めとして一般的ですが、高齢者では胃腸出血のリスクが2.5倍に高まることが報告されています。
  • 抗コリン薬:口腔乾燥や便秘を招くだけでなく、長期的には認知症のリスクを高める要因となります。
  • オピオイド系鎮痛薬:強い痛みには有効ですが、転倒リスクを最大300%まで跳ね上げる可能性があります。
高齢者が注意すべき薬剤リスクまとめ
薬剤カテゴリー 主なリスク 身体への具体的な影響
睡眠薬・不安薬 中枢神経抑制 ふらつき、転倒、記憶力低下
強い痛み止め 胃腸・腎機能への負荷 胃潰瘍、腎不全の悪化
抗精神病薬 過度な鎮静 意欲低下、嚥下困難、転倒
一部の胃薬(PPI) ミネラル吸収阻害 骨折リスクの増加 (長期使用時)
多剤併用によるふらつきや副作用のイメージ

薬を安全に減らす「デプリスクリビング」という考え方

最近の医療現場では、単に薬を止めるのではなく、潜在的な害が利益を上回った場合に計画的に薬を減らすデプリスクリビング(処方適正化)という手法が重視されています。これは「病気を治すこと」から「生活の質(QOL)を維持すること」へ治療の優先順位をシフトさせるアプローチです。

例えば、若い頃に診断された高血圧に対して、高齢になっても同じ基準で厳格に血圧を下げすぎると、かえって脳血流が低下し、ふらつきや意識消失を招くことがあります。このような場合、医師と相談して薬の量を調整することで、転倒リスクを下げつつ、心地よい生活を取り戻せる可能性があります。適切にデプリスクリビングが行われた場合、有害事象を22%、入院率を17%削減できるという研究結果も出ています。

薬剤師に薬をまとめて相談する高齢者の様子

家庭でできる「お薬整理」の具体的ステップ

薬を整理したいけれど、自分の判断で止めるのは非常に危険です。安全に管理するための具体的な手順をご紹介します。

  1. 「ブラウンバッグ・レビュー」を実践する:家にあるすべての薬(処方薬、市販薬、サプリメント、塗り薬まで)を袋にまとめて、医師や薬剤師に持参してください。これにより、重複して処方されている薬や、不要な薬が平均2.8種類見つかることが分かっています。
  2. お薬手帳を1冊にまとめる:複数のクリニックにかかっていても、必ず1冊の手帳にすべてを記載してもらいましょう。これが最強の「相互作用防止策」になります。
  3. 「目的」を明確に書き出す:「この薬は血圧を下げるため」「これは夜に眠るため」と、薬の目的をメモに書き出します。目的が分からない薬がある場合、それは処方見直しのサインかもしれません。
  4. 薬剤師による「薬剤管理指導」を依頼する:かかりつけ薬剤師に、飲み合わせや服用タイミングの相談をしてください。薬剤師主導の管理により、再入院率が24%低下したというデータもあります。

医師や薬剤師に相談する際の伝え方

「薬を減らしてほしい」とだけ伝えると、医師は「病状が悪化するリスク」を懸念して拒否することがあります。スムーズに相談するためには、具体的な「困りごと」をベースに伝えるのがコツです。

「最近、足元がふらついて不安です」「薬を飲む回数が多くて、飲み忘れが増えてきました」「口の中が乾いて食事がしづらいです」といった、日常生活での実感を伝えてください。医師はこれらの症状を「薬の副作用」という視点から捉え直し、処方の調整を検討しやすくなります。また、「今の自分にとって一番大切なのは、自立して歩けること(または食事が楽しめること)です」という、人生の優先順位(ゴール)を共有することも極めて重要です。

薬をたくさん飲んでいると、本当に体に悪いのですか?

必ずしもすべてが悪いわけではありません。必要な治療を支えるために多剤併用が必要なケースもあります。問題なのは「不適切な」多剤併用です。作用が重複していたり、現在の体調に合わなくなっていたりする薬がある場合、それが副作用を引き起こし、結果として健康を損なうリスクが高まります。

自分だけで薬を減らしたり止めてもいいですか?

絶対に避けてください。急に薬を止めると、リバウンド現象で血圧が急上昇したり、離脱症状が出たりして、命に関わる危険があります。必ず医師の指導のもと、徐々に量を減らす「漸減(ぜんげん)」という手続きが必要です。

サプリメントは薬ではないので、併用しても大丈夫ですよね?

いいえ、サプリメントも薬と相互作用を起こす可能性があります。例えば、納豆などの食品や特定のサプリメントが、血液をサラサラにする薬(ワーファリンなど)の効果を打ち消してしまうことがあります。サプリメントも含めて医師や薬剤師に相談することが不可欠です。

お薬手帳をまとめてもらうメリットは何ですか?

最大のメリットは、異なる医師が処方した薬の「重複」と「飲み合わせ」をチェックできることです。例えば、Aクリニックで処方された薬とB病院で出された薬が、実は同じ成分だった場合、意図せず過剰投与になり副作用が出やすくなります。これを防ぐ唯一の方法がお薬手帳の共有です。

薬を減らしたことで、病気が悪化することはありませんか?

リスクはゼロではありませんが、高齢者の治療目標は「数値の正常化」よりも「生活の質の向上」にシフトします。厳格に数値を追った結果、ふらつきで骨折し、寝たきりになるリスクの方が高い場合、適切に薬を減らすことが結果として全体の健康寿命を延ばすことにつながります。医師と十分な合意形成をした上での調整であれば、安全に管理可能です。